「これだからゆとりは」=「最近の若いもんは」説
先日起きた、14歳の少年によるバスジャック事件は、女子生徒との交際について親にしかられたことに腹を立てた少年が、親に恥をかかせたいために起こした犯行のようです。実に短絡的で、考えるちからが劣っているとしか言えません。実際に見たわけではないので確かではないのですが、おそらくこの事件についても「これだからゆとりは」というニュアンスの言葉がネット上では書き込まれていたはずです。
しかし、私は「これだからゆとりは」と言っている方も実は思考停止におちいっていると思うのです。
たしかにゆとり教育は学力の低下をまねきました。ゆとり教育では、それ以前と違って、円周率を3.14ではなく場合によっては3としてもよいという方針になりました。別に、円の面積の求め方とかは社会に出ても直接役に立つものではありません。実際、私は高校を卒業してからたった一度も円周率なんか使ったことはありません。社会生活で一般的に使う知識ではなく、科学者や技術者になった人にとっては3.14くらいのあいまいな数字では役に立ちません。それが学校で教える円周率です。
しかし、3.14の計算を小学生からしていた人と、3でしか計算したことのない人では、明らかに面倒くさいことを考えるちからに差が出てくると思います。
わかりやすい例で言えば、ここに定価3775円の商品があったとします。消費税は5パーセントです。貼られていた値札には「税込み4000円」と書かれていました。小数点以下の計算に慣れていなければ、自分が正しい値段を払っているのか、店にだまされているのかすぐにはわかりません。正しくは税込み3963円です。37円余計に払っています。もちろん、ここまで細かい計算を暗算で瞬時に判断するのは至難の技です。しかし、3.14のような、小数点以下2桁の計算に慣れている人には、うっすらと「これ間違ってないか」というのが感じられるのです。3でしか計算したことのない人にはそれが感じられません。
ゆとり教育は国語にも影響してきます。長い文章の一節に「太郎は花子を愛していたから殺しました」という文が出てきたら、そこで止まってしまうのです。「なんで愛しているのに殺すのか?」。それまでの文章の中に花子が太郎にそっけない態度を取ったことが書かれていても、そこから嫉妬があることを読み取れなくなるのです。
ゆとり教育はこういった弊害を生み出した間違った教育方針でした。
しかし、それでも「これだからゆとりは」と言うおとなは思考停止だと思います。「ゆとり」という、いかにも日教組支配による戦後の教育現場を嘆いているように見せかけた言葉を使ってはいますが、その実、古くから言われている「これだから最近の若いもんは」と言うのとまったく同じ言葉だと思うのです。
「これだからゆとりは」と言うおとなは、その上の世代に「これだから最近の若いもんは」と言われて、おとなのステロタイプな思考停止に怒りを感じてきたはずです。「若いもんは」と言っていた人は「これだから戦後生まれは」と言われてきたはずです。「戦後生まれは」と言っていた人は「これだから大正生まれは」と言われ、その上の世代は、ちょんまげをしていた江戸時代生まれの人に「これだから明治生まれは」と言われてきたと思います。もっともっと昔になれば「これだから大化の改新以降の豪族は」とか言われていたはずです。
「これだからゆとりは」という言葉は、「最近の若いもんは」と同じく、自分より若い世代の、自分とは違う思考を理解できないがために、理解しようとする努力を放棄した言葉です。完全に思考停止です。
未来を造るのは若い人たちです。若い人がより良い未来を造っていくために、おとなはいろいろなことを教えていき、そして若い人の考えを理解して助言していくのです。
それなのに「ゆとりは」なんて言う人は、日教組同様、これからの世代の未来をつぶす、クソの役にもたたない思考停止ジジイ・ババアです。
若い人は「最近の若いもんは」とか「これだからゆとりは」とか言うおとなの言うことはすべて無視して大丈夫です。あなたの好きなおとなの言うことを参考にしていくことが大切です。
コメント
理解しようとする努力を怠っているということに共感です。ある雑誌で養老先生は、古代エジプトの壁画にもすでに「最近の若いもんは・・・」と嘆く言葉が彫られていると述べていました。今に始まったことではないんですね。
これは新しいね。
タイトルを見た瞬間、稲妻に撃たれたような衝撃を受けたよ。
ネットが普及してほぼ10年。当時はネットユーザー=若者だったけど、ネットユーザー自身が既に老い始めているんだよなあ。
正論
国語の例について少し質問があります。
「そこで止まってしまう」とはどういうことでしょうか。
なぜ「そこから嫉妬があることを読み取れなくなる」のでしょうか。
授業時間が短くなったという理由では少し説得力に欠ける気がします。
おっしゃることには全面的に同意ですが、私はゆとり教育を「間違った教育方針」と決め付けてしまうのは早計だと思います。
ゆとり教育を受けた(受けている)世代はまだほとんどが学生であり、社会の洗礼を受けていません。
「間違った教育方針」だと断定するには、せめてゆとり世代が社会的活躍を果たす年齢になった後にするべきではないでしょうか。
冒頭の例にも挙げられている少年犯罪は、ここ50年で減少傾向にあります。もちろん治安向上や社会の構造的変化、犯罪の種類や動機の違いもあるので一概に決め付けることは出来ませんが。
ただ、先日の教育方針変更が朝令暮改的なものだったために、所謂ゆとり世代が「バカ世代」とのレッテルを貼られてしまった。
こういうことが起きることを容易に想像できたのにもかかわらず、安易にゆとり教育を導入したことについて、「誤った政策」であったとは言えると思います。
あと、私は脱ゆとり教育には賛成です。
そんな昔から、この手の言葉は言われていたのですか。進歩してないんですね。それともこれが正しい世界の在りようなのでしょうか。
私は老人になっても若い人の考えを理解して、アドバイスできるようになりたいです。
インターネットを普及させた当時の若い人はもう若者と呼ばれる歳ではなくなってきていると思います。
インターネットは既存メディアと違って自由なことを強調してきて、インターネットを文化として広めてきた人が、「ネット界で影響力の大きい○○さん」みたいになってしまったら、笑えないですよね。
ありがとうございます。
そんな言葉をかけていただくと、櫻井よしこさんにでもなった気分です(笑)
国語のくだりは、単純に文章を読む量が少なくなれば読解力が低下するということを書きたかっただけなのですが、わかりずらい表現になってしまっていますね。すみません。これからもっと努力します。
ゆとり教育については、おっしゃることはもっともだと思いました。ただ、ゆとり教育世代が、社会に出てからでは遅い、と言うことも同時に言えると思います。今の段階で、ゆとり教育世代に、社会に出たときに大切なことをアドバイスしていくのがおとなの義務だと思います。ゆとり教育を作ってしまったのはおとなだからです。
ただ、すごく難しい問題で、断定してしまうのは早計だというのはよくわかります。
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